蚊取りマット

 高齢のため、モスキート音が聞こえない。よりによって額を食われたりする。

 それはいいのだが、実家の私の部屋に花王キスカがある。蚊取りマットだ。だが、キスカが残り一枚になった時、私はそれを使うことをためらった。なぜならキスカはすでに生産中止。この世に存在する数少ないキスカを消費するのが惜しかったのだ。数百年後、この一枚のキスカにどれだけの骨董的な価値が出ることだろう。

 そこで広島のマンションであまり使わないリキッドタイプのやつを持って帰った。寝る前にスイッチボタンを押して、これでめでたしめでたしである。

 ところが、部屋には私が買ったと思われる蚊取りマットがしこたま鎮座していた。買ったのをすっかり忘れてしまったようなのである。これは大変だ。実家には月に二三回しか帰らない。ひと夏の間、蚊取りマットだって十枚も使わないであろう。この蚊取りマットは、いつ使い切るのか。キスカと一緒に数百年存在するのではなかろうか。