広島での個別お話会

 オンラインお話会は、高雄さやか、吉崎凜子、吉田彩良だったのだが、個別お話会は事故りたくないので今村美月、門脇実優菜を選び、ワイルドカードとして原田清花を選んだ。たった三枚なのに、全部当選した。どうして?

 

・原田清花

中川翔子潜水艇に乗った時に……」

「?(聞こえてなさそう)」

中川翔子、が、潜水艇に、乗った、時に……」

時間切れ。

 

 石田みなみは話が通じなくてもにこやかなのだが、原田はとても不安そうな顔を見せるので、とても悪いことをしてしまったような気がする。中川翔子潜水艇に乗った時に、トイレがないのでおむつをしたという話をしたかったのだが、下ネタなので原田の先祖が妨害したのかもしれない。原田は先日、無人探査機「かいこう」の母船に乗ったのである。それを踏まえての話。

 

・門脇実優菜

「世界で活躍する場合、どこに住みますか?」

「どこ、どこに住むか? えっー?」

(門脇って嘘がつけない人間だなあ、とつくづく思う。が、時間は経つばかり)

「一足先にそこで待ってるぜ!」(門脇と違って適当なわたくし)

「かっこいい!」

 

 門脇には世界で活躍する、という夢があるのだ。でも、世界のどこで活躍するか、具体的なイメージはない模様。

 

今村美月

「私がこうやったら(手で合図したら)『おおさかだけに』と言ってください」

「はい」

大坂なおみって『なおみはん』って呼びたくなりますよね」(合図)

「おおさかだけに」

 

 会話したうちに入らないが、結構受けたみたいで私はとても満足でした。

最前列で「僕の太陽」公演を見た

 STU48の2期研究生と私との相性はあまりよくない。そもそも2期生が選ばれた時のイベントからして後ろの方だったし、お披露目の時も船上劇場の後ろから2番目。逆に課外活動のSTUDIO公演の時は、割といい席が多い。

 そんな私がエディオン紙屋町ホールで行われた「僕の太陽」公演では最前列を引いてしまったのである! さすが縦よりも横の方が長いホールだけのことはある。確率的に最前列を引くのは簡単だ。10%ぐらいかなあ……。

 一番前だからといって足ばかり見るのも失礼なので、無理やり首をもたげてメンバの顔を見ようとする。みんな汗が凄い。でも迫姫華は体質なのか、普段の鍛え方が違うのか、汗はそんなにかかないようだ。原田清花は黒目が大きなせいで、目が合っても「目が合った」という実感は湧かない。その点、田口玲佳はいい。田口はケガでもしたのか、膝の下に四角の絆創膏を貼っていた。

 向日葵の時、原田が出て来るのがちょっと遅れたが、歌い出しには間に合った。横にいた高雄さやかが安堵の笑みを見せた。可愛かった。

 今までは船上劇場で見てたので、公演には船の揺れが付き物だった。今回はビルの中なのに曲中、「あれっ?」と揺れたような錯覚にとらわれた。私の三半規管に問題があるのだろうか。それともスピーカーの音量によるかすかな揺れを誤認してしまったのか。

 隣に座った女の子はスケッチブックを2冊用意していた。あらかじめ色々なメッセージを書き込んでいたが、公演中は一度も開かなかったようだ。まあ、一番前で女の子だからそんなものを見せなくたってレスはもらいまくりだったが。

 STU48に専用劇場はなくなってしまったが、エディオン紙屋町ホールとゲバントホール、色々あるから別にいいじゃん、と思わないでもない。

人生を変えたかも知れない本

 月刊「短波」という雑誌があった。海外の短波放送を聴取することを趣味とする人のための雑誌である。もっとも国内局や中波が取り上げられることもあり、現に私はNHKの局名アナウンスを何種類かに分類してレポートし採用されたことがある。私の人生の中で、研究の名に値するものはこれくらいであろう。

 それはさておき、その雑誌の特集で「エスペラントの放送を聞こう!」みたいなのがあった。エスペラントのことは小学校の国語の教科書で知っていたが、エスペラントで書かれた文を読むのは初めてだったし、ましてや放送を聞くのも初めてだった。私は人工語というからには、もっと意味を持つ記号の羅列みたいなのを想像していたのだった。乱暴なたとえで誤解を招くかもしれないが、手話みたいな感じだ。しかし文はアルファベットで普通に書かれており、ロシア語なんかよりよっぽどなじめそうな言葉に見える。北京放送にダイヤルを合わせ聞いてみたら、これまたスペイン語っぽくて明瞭な発音だ。

 私は「エスペラント四週間」を通販で購入し、早速勉強を開始した。このおかげで今まであまり理解していなかった「副詞」がどんな働きをするのかわかったのである。副詞は形容詞や動詞を修飾するのだ。「とても美しい」や「とても速い」のように。いやいや、そんな当たり前のことも英語だとわかりにくい。しかしエスペラントの副詞は必ず「e」で終わり、「a」で終わる形容詞や「i」などで終わる動詞を修飾する。これはわかりやすい。おかげで全然わからなかった英語が、大学に合格できるレベルまでは理解できるようになった。

 あの時の月刊「短波」は今でも取ってある。「エスペラント四週間」もだ。どちらも私の人生を変えたかも知れない本だ。あと「AT/PC互換機の自作本」もそうなのだが、これについてはまた今度。

初日カバー

 小学校四年生の時に島に引っ越してから、たまに「やっぱり田舎はダメだなあ」と思う体験を何度もした。その最初が「初日カバー事件」である。

 初日カバーとは記念切手の発売日に、その日の消印を押したものだ。「発売日に買った!」という記念になる。私はその初日カバーを作るために封筒を持って郵便局に行ったのだが、窓口のおばさんは未使用の記念切手に消印を押す、という発想が理解できず「この子、封筒まで持ってきてる」と他の職員に言い、私の依頼を拒否し、切手の縁の白いところに事務用のスタンプで日付印を押した。

 気持ちはありがたいが、私が欲しかったのはこれじゃない。

 ヤフオクで初日カバーが売られているのをよく見る。買おうかな、という気持ちが湧かないわけではないが、跡取りのいない私のこと。どうせ死んだら捨てられるのだろうと思うと手が出せない。

 そうそう、田舎はダメだなあ、といえば郵便局がらみでもうひとつある。うちの田舎では国際返信切手券が売られていなかった。

百科事典

 私が大学生だった頃、電電公社がNTTに変わった。電電公社時代のNTT(変な言い方だが)はあまり広告戦略が得意ではなかったように思う。なんせお役所みたいな企業だから。「オレンジラインのテレ太くん」なんて覚えている人も少ないはずだ。安田成美がテーマソングを歌っていた。広島のそごうにPRで来てたので、歌っているのを見たことがある。思ったより歌は上手だった。信じてくれる人が少ないため、これは力説しておきたい。

 その頃、うちの実家が立ち退きを命じられ、私の祖父母と両親は引っ越しをして新築の家に住むことになった。大学生として実家を離れていた私も、引っ越しの手伝いのために帰省した。電話機もダイヤル式の黒電話からプッシュ式の新しいのに変わった。その新しい電話機の入ったダンボール箱を開けた時のことである。出てきた電話機は新品ではあったが、電電公社のマークが入っていた。

 広島の本屋で買った文庫本に「今月の新刊」のビラが入っていても、それが数年前のものだったりすることがある。うちはNTTから電電公社の電話機をつかまされたのであった。

 ところで、そんなうちの実家には平凡社世界大百科事典がある。全26巻だ。調べてみるとこれは1964-1968年版である。買ったのは1970年だったように思う。セールスマンに勧められ購入したものらしい。1972年版からは35巻に変わっているため、これも売りつけられたものなのかなあ。うちら何にも知らない田舎者だったから。あっ、今もそうか。

STU48プレミアムくじ抽選会

 広島市の施設は臨時休業という中、広島国際会議場フェニックスホールで行われたSTU48プレミアムくじ抽選会に行ってきた。私が行ったのは今村美月が出るグループ①の抽選会。そんなの見て何が楽しいのだろうと思うが、年末ジャンボ宝くじだって抽選は公開でしょ?

 STU48は1期生D3期生と2期生が一緒に活動することが少ないので、今回みたいに「血液型O型のグループ」「血液型A型のグループ」「それ以外のグループ」で分かれたイベントは新鮮だった。

 私は肝心のくじを失くしてしまい、当たったのかどうかわからない。当たっていればレコード会社からメールが来るらしい。だが、この抽選会に当たっただけでじゅうぶんでしょう。だってくじ付のCDを一枚しか買っておらず、それを思えば恵まれた当選だと思うからである。

 

もっちりしっとり

 宇品港の構内にある小洒落たパン屋で、カレーパンとフルーツサンドを買った。並んであるパンを選んでトレイにのせてレジまで持って行くスタイルの店である。

 これが美味かった。特にフルーツサンドのパンのもちもちしっとりした食感は最高だった。俺が知らない間に、みんなこんな美味いものを食べていたのか。俺はこれまでコンビニのハムカツサンドや一口サイズのミックスサンドイッチを美味しく食べていた。ちょっと経験値が低すぎた。

 でもきっと明日もハムカツを食べるんじゃないかと思う。あの小洒落た店にはハムカツサンドがなかったのだ。やはりコンビニにはコンビニのよさがあるに違いない。